居酒屋での挫折

僕は、まずは居酒屋で働くことになりました。 居酒屋は、オーナーの女将さんが切り盛りしている沖縄料理のお店でした。

初めて、僕が正式にこのお店で働くと決まった日の夜、その女将さんは、僕がなぜこの島に来たのかという 本当の理由(母を失って来たということ)を知って泣いてくれました。

その涙を見て僕は、このお店で精一杯頑張ろうと思いました。

 

しかし、今まで居酒屋で働いたことなどなく、お店での仕事は非常に細かいことまで気が付かないと出来ないことばかり。

毎日、毎日、間違っては怒られ、怒られては凹んで、また怒られるという日々を繰り返しました。

どうしても、覚えられない・・・。怒られると、自分を守ろうと言い訳ばかりしてしまう・・・。

一生懸命やろうという気持ちはどこへ?

気が付けば、女将さんと毎日口論するようになっていました。せっかく、目をかけてくれているのに・・・

僕の心は歪んでいくばかり。ここにいないほうがいいのではないか。気持ちはどんどん後ろ向きになっていきました。

 

そして、ついに、女将さんから居酒屋にお前はいらないと言われてしまいました。

またもや、居場所を失ってしまうのか・・・。目の前が真っ暗になりました。

そんなときマリンショップのオーナーが、僕をマリンスタッフとして海に連れていくと決めました。

このまま、お店をクビなるか、それともマリンスタッフとして働くか、どちらか決めろと言い渡されました。

そしてマリンスタッフとして働くなら、休みはないと。

居酒屋では使えないと言われてしまった僕には、マリンショップで頑張るしか道は残されていませんでした。

このままでは帰れない。休みなく、頑張ります。

捨てられて拾われる

あの大地震の瞬間、僕はちょうど海の近くにいて津波警報を知らせる大きなサイレンに驚き慌てていました。その後TVを付けて、事の大きさにさらに驚いたのを覚えています。

遠く離れた場所での災害は、この島にももちろんのこと大打撃を与えました。
それは、一気に観光のお客様のキャンセルが相次いだことです。
この島は、観光の島です。島にたくさんの人が訪れて仕事が成り立っているのです。

しかし、この震災で多くの人々がその余裕を失いました。
僕のいたお店も、入っていた予約が次々とキャンセルされ仕事がなくなりました。

 

そして、それから間もなく、僕は突然の解雇処分を言い渡されました。

「地震で、スタッフをそんなに養っていられなくなった」「明日から来なくていいよ」

突然のことで、頭の中に電気が走ったような衝撃と手足に血の気が引く感じがありました。

僕は、新しく入ったこのお店のオーナーさんとやはりうまく人間関係を築くことが出来なかったのです。
必要な人材とは思われなかったのです。

しばらく、どうしたらいいのか分からず、ただ大人しく寮に戻り、ただ茫然と部屋で座っていました。

しかし、僕は運が良かった。
実は、僕が入ったお店はまだ新しく出来たばかりのお店だったので体制が整っておらず、
スタッフ用の寮がまだありませんでした。

なので、僕はオーナーの知り合いの方の家に仮住まいさせてもらっていたのです。

そのオーナーの知り合いは、マリンショップと居酒屋を経営していて他にも何人かスタッフを抱えていました。
そして、そのマリンショップのオーナーが、この件を聞きつけて僕を雇うと言ってくれたのです。

これは、後々知ることになるのですが、もともと、このマリンショップのオーナーは、僕が最初のオーナーの下では長く勤められないと踏んでいて、きっと自分の店に来ると分かっていたらしく、仮住まいしていた期間、僕をずっと見込みがあるかどうか観察していたのだそうです。

さらに、そのマリンショップのオーナーは、過去に東京の歌舞伎町でその名を轟かせていたことがある非常に珍しい経歴を持っていて、もちろん2丁目のこともよく知っていたため、僕の性別のことをすんなり受け入れてくれたのです。

「悪いけど、俺はお前のこと男としか見てないから」そう言ってくれたのです。

 

こうして、僕は紆余曲折を経て今の会社に拾われたのでした。

島生活の始まり

旅行ではなく、もっと長くいようと考えていたのでその島で働ける場所を探しました。

もちろん、どのお店も寮生活が基本です。自分の性別については、説明は不可欠。
そこは逃げるわけにはいかない・・・・・・。

島での仕事探しの際にも、その説明だけは逃げずに行いました。
そして運よく1件、事情を了解のうえ、働かせてもらえることになったのです。

島に着いてから、急に不安がよぎりました。誰もかれも、知らない人たち。知らない土地。
やったこともない仕事。やりきれるのか?この僕に?

それでも、後戻りはできませんでした。なぜなら、僕はもう失うものなどなかったのです。

仕事は、新しくオープンするお店の内装の手伝いがメインでした。

板を切ったり、釘を打ったり、重い荷物を運んだり・・・。こんな大工仕事やったことありません。

それでも、肉体的な疲労は、僕の弱った精神に悩む暇など与えません。
悩む暇なく働きました。

オーナーとどう付き合ったらいいのか、わからないときも多々ありましたが、
あっという間に1か月が過ぎ去ろうとしていました。

 

そしてあの、東北地方太平洋沖地震が起こりました。