それいけ!ドンくん

筆者:ドンくん (FTM/26歳)
2009年に連載していたFTMの就活記「それいけ!ドンくん」。当時、就職に不安を抱える当事者から多くの反響がありました。あれから5年、ドンくんは今、何をしているのか・・・?ドンくんのその後を気にかけてくださっている方も多いため、ここにセカンドストーリーを公開いたします。人生山あり谷あり・・・

<目次>

一つの決断

性同一性障害を表に出して、1年も満たずに辞めた僕。

性同一性障害の他のみんなが僕と同じように、不甲斐ないやつだと思われるのではないか・・・という思いももちろんありました。自分の未熟さを痛感しました。

その危惧を、言葉で実際に言われたこともありました。
でも、僕はあのとき、母と一緒に一度死んだのだと思います。

だた、ただ、母への未練だけで、
仲間も、友も、信念も、夢も、何も、何もなくなったのです。
誰の言葉も耳に入らず、誰の心も感じず、夢か現実かそれすら分からずに、
ただ、ふらふらと日々が過ぎました。

 

仕事を辞め、唯一の社会との接点をも失った僕は、漫画喫茶で時間をつぶしたり、
町はずれの図書館で一日過ごしたりしてなんとなく生きていました。

日増しに僕は、無気力で、不安で、死ぬことばかり考えていました。
そんな状況を察して、僕の兄が何度も問いかけました。

「生きているうちにやりたいことはないのか」「同じ苦しみを繰り返さないでくれ」
涙を流しながらそう言う兄の言葉に、僕は少しずつ自分の頭で考えるようになりました。

 

いつ死んでもかまわないと思っているのなら、いつでも死ねる。

 

その前に、やってみたいこと、もしかしたらあるかもしれない。
それでだめだったら、その時に、死ねばいい・・・・・・。

そう考えた時に、僕にはもう一度見てみたい景色がありました。

沖縄のさらに離島。南国の島の景色。
大学の卒業旅行で、母がすすめてくれた島でした。
あの時の海、空はどれも、わくわくさせる魅力がありました。

もう一度あのわくわくをこの心で感じることが出来たら、
僕はまた生きることが出来るかもしれない・・・。

終わりの「死」を考えたら、何も怖いことなどありませんでした。

 

その2ヶ月後、僕はその南の島で暮らすことになりました。

島生活の始まり

旅行ではなく、もっと長くいようと考えていたのでその島で働ける場所を探しました。

もちろん、どのお店も寮生活が基本です。自分の性別については、説明は不可欠。
そこは逃げるわけにはいかない・・・・・・。

島での仕事探しの際にも、その説明だけは逃げずに行いました。
そして運よく1件、事情を了解のうえ、働かせてもらえることになったのです。

島に着いてから、急に不安がよぎりました。誰もかれも、知らない人たち。知らない土地。
やったこともない仕事。やりきれるのか?この僕に?

それでも、後戻りはできませんでした。なぜなら、僕はもう失うものなどなかったのです。

仕事は、新しくオープンするお店の内装の手伝いがメインでした。

板を切ったり、釘を打ったり、重い荷物を運んだり・・・。こんな大工仕事やったことありません。

それでも、肉体的な疲労は、僕の弱った精神に悩む暇など与えません。
悩む暇なく働きました。

オーナーとどう付き合ったらいいのか、わからないときも多々ありましたが、
あっという間に1か月が過ぎ去ろうとしていました。

 

そしてあの、東北地方太平洋沖地震が起こりました。

捨てられて拾われる

あの大地震の瞬間、僕はちょうど海の近くにいて津波警報を知らせる大きなサイレンに驚き慌てていました。その後TVを付けて、事の大きさにさらに驚いたのを覚えています。

遠く離れた場所での災害は、この島にももちろんのこと大打撃を与えました。
それは、一気に観光のお客様のキャンセルが相次いだことです。
この島は、観光の島です。島にたくさんの人が訪れて仕事が成り立っているのです。

しかし、この震災で多くの人々がその余裕を失いました。
僕のいたお店も、入っていた予約が次々とキャンセルされ仕事がなくなりました。

 

そして、それから間もなく、僕は突然の解雇処分を言い渡されました。

「地震で、スタッフをそんなに養っていられなくなった」「明日から来なくていいよ」

突然のことで、頭の中に電気が走ったような衝撃と手足に血の気が引く感じがありました。

僕は、新しく入ったこのお店のオーナーさんとやはりうまく人間関係を築くことが出来なかったのです。
必要な人材とは思われなかったのです。

しばらく、どうしたらいいのか分からず、ただ大人しく寮に戻り、ただ茫然と部屋で座っていました。

しかし、僕は運が良かった。
実は、僕が入ったお店はまだ新しく出来たばかりのお店だったので体制が整っておらず、
スタッフ用の寮がまだありませんでした。

なので、僕はオーナーの知り合いの方の家に仮住まいさせてもらっていたのです。

そのオーナーの知り合いは、マリンショップと居酒屋を経営していて他にも何人かスタッフを抱えていました。
そして、そのマリンショップのオーナーが、この件を聞きつけて僕を雇うと言ってくれたのです。

これは、後々知ることになるのですが、もともと、このマリンショップのオーナーは、僕が最初のオーナーの下では長く勤められないと踏んでいて、きっと自分の店に来ると分かっていたらしく、仮住まいしていた期間、僕をずっと見込みがあるかどうか観察していたのだそうです。

さらに、そのマリンショップのオーナーは、過去に東京の歌舞伎町でその名を轟かせていたことがある非常に珍しい経歴を持っていて、もちろん2丁目のこともよく知っていたため、僕の性別のことをすんなり受け入れてくれたのです。

「悪いけど、俺はお前のこと男としか見てないから」そう言ってくれたのです。

 

こうして、僕は紆余曲折を経て今の会社に拾われたのでした。


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