海修行

島に来て初めての夏。僕は海の上で仕事をすることになりました。
しかも、僕がマリンスタッフとして働きだしたのは一番忙しいマリンシーズン。

ゆっくり教えてもらえる時間などありません。全て、実践から学びとらなければならなかったのです。
確かに、僕は運動神経が悪いほうではありません。泳ぐことも出来ます。

しかし、シュノーケルと足ヒレを付けて海の中を潜り、息を止めて作業をしたりロープワークをするなんて、思いもしません。

しかも、僕がもたつけば、船はいつでも座礁の危険にさらされます。
海の上では、甘えなど通用しません。出来ませんという言葉はない世界でした。

海の中に潜っても途中で息が出来ず、海水を飲みこんで、鼻水をたらしながらゲホゲホむせかえる。
早くしろ!!と どなり散らされ、恐怖と闘いながらロープを海底に結びつける。

サンゴは見た目はとても美しいですが、実は触ると切れやすく、危険な生物なのです。
触らないように気を付けても、気が付かないうちにどこか切れて血が流れている。

でも、とにかく船を海面に止めるには、自分に託されたこのロープを海底のロープと結び付けなければならない。
どんなに、手がサンゴに触れて血が流れようと、ただ、早く、早く・・・。

ある時には10キロの錘を持ちながら海の中を泳いだこともありました。
錘の重さで体は海底へ引きずり込まれ、呼吸しようと海面に上がろうとしても体が持ち上がらず、
あげく大量の海水をのみ込み、パニックを起こして溺れかけたこともありました。

海の仕事は、華やかでとてもかっこいいものでしたが、その反面、錘やロープをたやすく扱う体力と、
どんな局面でも穏やかな精神を保つことが必要となる常に事故や死と隣り合わせの仕事でした。

あんなに、死にたいと思っていた僕なのに、錘に引きずり込まれて、海水を飲みこんで溺れそうになった時に「死にたくない!!」と強く体が反応していました。なんだよ、本当は死にたくないんじゃないか・・・。

そして、そんな状態だからこそ、自分の中に「生きようとしている力」がこんなにあるのだということを強く思い知らされました。

また、海での呼吸の方法は僕に心の安定を教えてくれました。
海の中で、いかに長く息を止めていられるかというのは、いかに酸素を使わないようにするかということです。

息を止めてから、頭で色々考えるとそれだけで酸素を脳で使い、実際の行動のための酸素が足りなくなります。また、不安や恐怖で呼吸が浅かったり、動悸が速かったりすると、やはり息はもちません。

頭の中をきれいに整理して、イメージを固め、常に安定した精神であること。
海の中で最小限の思考と行動で作業を行うためにはそれがとても大事なのです。

 

こうして何度も、溺れかけ、傷だらけになって、それでも、少しずつ心を安定させることを学んでいきました。

 

夏が終わるころ、僕は居酒屋でも人が変わったように仕事が出来るようになりました。
周りのみんなも僕が変わったと評価してくれるようになりました。

そして気が付けば島に来て1年が経とうとしていました。