一つの決断

性同一性障害を表に出して、1年も満たずに辞めた僕。

性同一性障害の他のみんなが僕と同じように、不甲斐ないやつだと思われるのではないか・・・という思いももちろんありました。自分の未熟さを痛感しました。

その危惧を、言葉で実際に言われたこともありました。
でも、僕はあのとき、母と一緒に一度死んだのだと思います。

だた、ただ、母への未練だけで、
仲間も、友も、信念も、夢も、何も、何もなくなったのです。
誰の言葉も耳に入らず、誰の心も感じず、夢か現実かそれすら分からずに、
ただ、ふらふらと日々が過ぎました。

 

仕事を辞め、唯一の社会との接点をも失った僕は、漫画喫茶で時間をつぶしたり、
町はずれの図書館で一日過ごしたりしてなんとなく生きていました。

日増しに僕は、無気力で、不安で、死ぬことばかり考えていました。
そんな状況を察して、僕の兄が何度も問いかけました。

「生きているうちにやりたいことはないのか」「同じ苦しみを繰り返さないでくれ」
涙を流しながらそう言う兄の言葉に、僕は少しずつ自分の頭で考えるようになりました。

 

いつ死んでもかまわないと思っているのなら、いつでも死ねる。

 

その前に、やってみたいこと、もしかしたらあるかもしれない。
それでだめだったら、その時に、死ねばいい・・・・・・。

そう考えた時に、僕にはもう一度見てみたい景色がありました。

沖縄のさらに離島。南国の島の景色。
大学の卒業旅行で、母がすすめてくれた島でした。
あの時の海、空はどれも、わくわくさせる魅力がありました。

もう一度あのわくわくをこの心で感じることが出来たら、
僕はまた生きることが出来るかもしれない・・・。

終わりの「死」を考えたら、何も怖いことなどありませんでした。

 

その2ヶ月後、僕はその南の島で暮らすことになりました。