それいけ!ドンくん

筆者:ドンくん (FTM/26歳)
2009年に連載していたFTMの就活記「それいけ!ドンくん」。当時、就職に不安を抱える当事者から多くの反響がありました。あれから5年、ドンくんは今、何をしているのか・・・?ドンくんのその後を気にかけてくださっている方も多いため、ここにセカンドストーリーを公開いたします。人生山あり谷あり・・・

<目次>

はじめに

みなさん、お久しぶりです。どんくんです。4~5年前、男として生きていくことを決め男として就職活動をしました。

その時の色々な気持ちや活動をどんくん就活日記として公開させて頂きました。

ありがたいことに、戸籍上の性別を知りつつも男性社員として迎えられ、新入社員としてスタートを切るというところでその就活日記は終わりました。

これから話すことは、その後からの出来事です。

あの日、壇上で自己紹介をした時には思いもしなかったことが僕を待っていました。

あの時の僕は、まだスタートラインにすら立っていなかったのです。

 

先に述べておきますが、今の僕はその会社にいません。

僕を受け入れてくれたあの会社には、1年もいませんでした。恩知らずと罵られても仕方ありません。

全ては僕が未熟ゆえに起こりました。僕の行動に対して不快に思う方もいるかもしれません。

 

しかし、これが僕の真実です。嘘偽りのない、等身大の僕の話です。

それでは何があったのか、どうぞ、最後までお付き合いください。

社会人としての試練

社会人になり、やっと男として堂々と生きられる、それが何より嬉しい日々を過ごしました。

スーツに身を包み、ネクタイを締め、朝出かける前の鏡の中で誇らしげに笑っていたのを思い出します。

しかし、日に日にそれが表面上だけだと思い知らされていくことになります。

 

最初につまずきのきっかけを与えられたのは、新人研修という名の合宿に参加した時でした。

その研修は、会社の中でも有名なもので、新人を精神的に追い込みながら、学生気分を脱して営業社員へと意識改革させるものでした。

例えば、駅前で大きな声で歌を歌わされたり、知らない人にアンケートを取ったりする課題等がありました。

精神的に強くないと、折れてしまうような課題ばかりでした。

そして、僕は折れてしまったのです。

 

それは、1000円サバイバルという課題でした。

どんな方法でもいいから、とにかく1000円を稼いでくるというもので、研修の課題であることや身分を明かすことは禁じられ、もちろん犯罪などを行さないことが最低限のルールでした。

それ以外なら何をしてもいいと言われました。

課題を言い渡された僕たちは研修施設から一斉に飛び出しました。急がないと制限時間があるのです。

もちろん僕も走って街に向かい、道行く知らない人たちに

「何かお手伝いすることはありませんか?1000円でなんでもやります」といって回りました。

 

研修の初日であれば、僕たちにも多少の戸惑いがあったかもしれません。

しかし、その課題は研修の最終課題。僕も含め同期はみんな相当精神的に緊迫した状態になっていたので、ある意味異様なほど躊躇がなかったのです。ただ、1000円を手にいれなければという思いでいっぱいでした。

 

先に足り出した同期たちがうまく誰かを捕まえて仕事を始めていきました。

畑仕事を手伝うもの、ラーメン屋で皿洗いをするもの、ちらちら見える彼らの姿を横目に、僕の心には焦りが広がっていました。

 

気が付けば、昼ごろになっても、何も出来ないまま佇む僕だけが取り残されていました。

足はふらふらと前へ前へ進んでも、心は「無理だ」という気持ちでいっぱいでした。

 

知らない街で、道路に一人うなだれ、身動きがとれません。どうやって人に頼めばいいのかわからないのです。

そう、僕は今まで肩書きで人と付き合っていました。

男女の肩書から遠ざかるために、学級委員、会長、ゼミ長、として他人と付き合ってきました。

型どおりの関係。自分から甘えることなんてあっただろうか?

今の自分は右も左もわからないただの人。そんな状態で知らない人にどう接したらいいの?

 

恥ずかしいことに、そんな初歩的なことが分からなかったのです。

日が暮れ始め、僕は1円も手にしないまま、施設へと戻りました。

そしてそこには1,000円以外にも野菜やら飲み物やら戦利品を持ち帰って、キラキラ目を輝かせている同期たちがいました。

 

課題をクリアできなかったのは、僕一人だけでした。

 

僕の今まで築き上げていた、ちっぽけな自信がズタズタに崩れていきました。

翌日、僕一人だけリベンジに街へと繰り出しました。しかし、僕はまだ人との付き合いがわからないまま。

僕は、今まで人との付き合いを避けてきた報いがこの日に来たのだと感じていました。

それでもどうすることも出来ずに、その研修が始まって以来、その課題を達成できなかった、ただ一人の人間になりました。

なんでも出来ると思いあがっていた自分は、何にも出来ない自分へと変わっていきました。

泣いてばかりの新人研修と母親の支え

研修のときに気付いてしまった自分の決定的な欠陥を隠しながら、その後の新人研修が本社でスタートしました。

しかし、同期と自分を常に比較し、彼らが出来て、自分が出来ないことがあまりに多いことに次第に焦りを強くしていきました。

毎日行われる飛び込み営業が苦痛になり、悔しくて泣く夜もありました。
そんな僕を支えてくれたのが、母親でした。
もちろん、母は男として働いているなんて知りません。しかしながら、どこかで気が付いていたのかもしれません。
何かを隠すように、こそこそしている自分の子どもに気付きながら、それでもただ僕を応援してくれました。
就職活動の時は、あれだけ自分勝手に思って行動していたのに、いざフタを開けたら、まだ母親に甘えていました。助けられました。


泣きながら電話する僕に、「あなたの力を信じている」と何度も何度も赤ん坊に言い聞かせるように僕に言い続けてくれる日もありました。

今まで自分が本当に狭い世界にいたのだと、社会の厳しさに打ちのめされて、またイチから始めなければいけないと初心に戻り決意をして、4月を終えようとしていました。


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