面接中にカミングアウト作戦

ある大手のマーケティング会社の1次選考がありました。
提出する書類には性別について書けるようなスペースがなく、面接のときに説明するしかない状況でした。

僕は正直とても怖かったです。
面接という場で説明することをやったことがなかったのです。
履歴書を渡して、それでダメなら選考に落とされるだけ。
面と向かって傷付いたことがなかったので、今まで避けていた『面と向かって自分のことを説明するしかない』ということがとても怖かったのです。

もし、面接官が若手の社員だったら、事情を把握できずに迷惑かけるかもしれないからその時はやめておこう・・・とか、集団面接だと他の子に悪い影響を与えてしまうのではないだろうか、とか、色々考えては逃げようとする自分と闘っていました。

その日の夜はほとんど寝ることができませんでした。
でも、大手の会社だったし、何も言わなくてもネクタイしている時点で落とされる可能性は高かったし、どうせ落とされるなら、次に活かせることをやって落とされる方がまだいいじゃないか。
そうやって自分を何度も説得し、僕はその日会場まで行きました。黒いネクタイを締めて。

僕を入れて4人の学生による集団面接でした。
面接官は一度説明会で会ったことのある、人事部長の人でした。
「この人であれば言っていいだろう」僕の決意は一瞬でした。

面接で最初に行なわれる1分間の自己PRのときに、僕は「戸籍は女性ですが、男性として生活し、男性として働きたいと思っています。ですから本日はこのような(メンズスーツ)格好で来させて頂きました。私の所属するゼミは~・・・。」と言いました。
もちろん、すんなり言えませんでした。何度も噛みました。何度も言葉を詰まらせました。
それでも言い切りました。面接官の人は僕に関する書類と僕とを交互に見ながら、一瞬身体を反らしました。
一緒に選考を受けている子達がみんな僕のほうを見ていました。
僕の背中は汗でびっしょりでした。

そして選考は続き、最後に言っておきたいことはありますか?という質問に対して僕は「最初に自分のハンデについて説明させて頂きました。確かにこれはハンデになるかもしれません、御社に迷惑をかけてしまうかもしれない、それでも、他の人の何倍も頑張るつもりです。必ずハンデを乗り越えてみせます。私にはその自信があります。」と言いました。

もちろん、すらすらとこう言えたら良いのですが、たくさん言葉を詰まらせました。
それでも僕はやろうと思っていた挑戦をやり遂げたことがとても嬉しかった。
できることは全部した感じでした。

落とされる可能性は確かに高いけれど、選考に通る通らない以前に僕は今日の選考でひとつ勇気を手に入れた気がしていました。

しかし、やりきった気持ちで会場を後にした僕は、最初に感じていた達成感よりも今度は自分のしたことが果たして良いことであったかどうか悩み出していました。
もしかしたら、僕はとんでもない馬鹿なことをしたのではないだろうか。
いや、馬鹿なことなんかではない。でも、こんな危険なこと・・・こんなこと言って、通るわけない。
でも、この道しかなかったんだ。でも、でも、でも・・・。

僕は決してかっこいい人間ではないのです。
僕の行動が、他の僕と同じ状況の人たちにいい影響を与えられれば、僕がダメでも頑張ろうと思えるのも確かです。
でも、僕自身、どこにも行くあてがないのではないか、と考えると僕の取っている行動が自分に不利なのではないか、僕は馬鹿なことをしているのではないか、という恐怖に駆られてしまうのです。

何もかも忘れてしまいたい。逃げてしまいたい。
帰りの電車の中から外を見ていたら、反対側の駅のホームで小さな男の子が楽しそうに走り回っていました。
そしてそれを優しそうな眼差しでお母さんらしき人が見守っていました。
その景色を見た途端、僕は泣いてしまいました。
胸がキュッと締め付けられるような痛みを感じて思わず泣いてしまったのです。
漠然とした何ともいえない気分になりました。
親の望む就職活動を行なえていないことへの罪悪感からかもしれませんし、自分の選んだ道のとめどない不安感からかもしれませんが、僕は自分が限りなく愚かに思えて仕方なくなっていました。

僕の決断が、果たして僕にとってどんな意味になるのか今はまだ分かりません。
何年後かに振り返ったとき、逃げなかった自分を称えられるようになっていたい気持ちでいっぱいです。

*この日行なった選考に僕は無事通過することが出来ました。諦めずに言って良かったなという気持ちと、僕を選考に進めてくれた人事の人の想いに心から感謝する気持ちでいっぱいです。

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