埼玉大学 講演会


開催日:2007.06.29

場所:埼玉大学

1. 今日の講演の感想・気づき、分かりにくかったこと、聞けなかったことなど、ご自由にお書きください。

今日講演してくださった3人に、これまで感じたことの無かった説得力のようなものを感じました。

これまでの人生で、ここまで人の話す言葉が心に深く突き刺さったことはほとんど無かった気がします。

僕もこれから、自分の言葉が人に届くよう、本気で真剣に生きていきたいと思いました。

本日の講演を聴いて、GIDに対する理解を一層深めることが出来ました。

本で読んだり、テレビで見聞きした内容は本当に表面的であったと感じています。

特にGIDの人が児童期~思春期にかけて大変苦しむこと(死まで考えたとのお話もありました)には、大変衝撃を感じました。

何事もそうですが、きちんと理解すること、また理解しようと努めることの重要性を改めて感じました。

このような機会は初めてだったので、とても良かった。

一人ひとりの生き方があるのだし、人生一度きりなので、自分の好きなように生きることは悪いことでは無いと思う。

大変興味深かったです。
性同一性障害という言葉はテレビの中の、何か遠いもののように感じていました。

やはり認知レベルが低いようなので、もっと広める必要があると思いました。ありがとうございました。

本当にいい時間を過ごすことが出来ました。この1時間ちょっとでものすごく考え方が変わりました。

いろんなことを知りました。今日この時間にお話を聞けたことで、今後の私の生き方まで変わってきそうな気がしています。
本当にありがとうございました。

自分は性同一性障害という言葉を知っていて、

今日の講演で説明された、性同一性障害とはどういうことなのか、と言うことも知っていたけれど、

自分が持っていたイメージと、実際に話を聞いた印象は違って感じました。

自分は、性同一性障害の人はとても少ないのだと思っていたけれど、もっと身近にいるものなのだと思いました。

この問題は、社会が性同一性障害をどう捉えているかという事がとても重要だと思います。

もっともっと多くの人が、正しい知識を持つことが必要なのだと思いました。

中学校で教師をしています。本日は、貴重なお話ありがとうございました。

2年前、担任した生徒でFtMと思われる子どもがおりました。

(質問させていただきましたが)男の子の集団の中にいて、性的なトラブルに巻き込まれることがあるのかどうか、気になるところです。

今現在は、皆さんがそれぞれの生き方を充実して送っているようなので、本当素敵だと思った。

あまり話題には出なかったが、きっと辛い経験もたくさんあったんだろう。

私自身、こういう機会を持ったのは初めてだったので、本当いい話を聞けた。GIDについて学んで理解を深めたい。

自閉症やADHDなど、診断名をつけることが当事者やその親をおとしめる”レッテル”になりかねないことがよくあるように思う。

しかし、GIDの場合、自分に対する”許し”となることが多いのかなと感じた。

本当に身近なことなんだな、というのが一番の感想です。

自分らしさと身体の性別の「~らしさ」のベクトルが異なった方向を向いていたとしても、自分らしさを貫くのは何も悪いことではないし、
大切にしていいんだ、という言葉は、性同一性障害の人だけでなく、私たち全員に言えることなのではないかと思いました。

性同一性障害という言葉は聞いたことはありましたが、自分とはあまり関係の無いことだと思っていました。

しかし今回講演をお聞きして、自分とすごく身近なものだと気づきました。

正直なことを言うと、まさか埼玉大にいるとは夢にも思いませんでした。

私も将来はカウンセラーになりたいと思っておりますので、
今回、このようなお話を聞けたことは私にとってとてもよい経験になったと思います。

貴重な体験を、どうもありがとうございました。

今日は大変貴重な体験をさせていただき、とても有意義な時間を過ごせました。

自分は将来教師を目指しているので、今日の講演はとてもためになりました。

完全な理解が出来たとはとてもいえないけれど、知ることが出来たことを大変嬉しく思います。ありがとうございました。

すごい辛かったと思う。僕も引きこもりだったからなんとなく分かる。

大切なことは、そういう精神状態を話せる環境を作り上げることだと思う。

性同一性障害は、障害と名はついているけれど、特別なことではないと改めて感じました。

皆さんがこういう場で話してくれたり、身近な人に打ち明けてくれることで、GIDを知らない人たちとの距離が縮まると思います。

今日はありがとうございました。

GIDの身近な知り合いがいないため、初めて聞く話ばかりでした。

私自身も自分の性別に疑いを持つことは無かったので、
身体的性別と精神的性別が必ずしも一致しないと分かり、驚きました。

これは話を聞くまでは思いつきもしないことでした。

しかし、皆さんの具体的なエピソードから伝わる悩みの深さゆえに、本当に一致していないことがあるのだと実感しました。

GIDの理解の第一歩を踏み出せたように感じています。

GIDとISの違いをもっと説明する必要があったのでは?(当事者より)

今まで性同一性障害について認識が無かったので、

今後教員をやってく上で出会うであろう当事者に、少しでも力になれる気がしました。

改善策を考えるのではなく、相手のそのままを受け入れることが必要だと感じました。

私は「金八先生」で性同一性障害という言葉を知りました。

そのときから、テレビや新聞で見かけると、熱心に読んでいました。

なので、今回このような場で3人の方の心に響く話を聞くことが出来て、本当に良かったです。

思っているより、本当に身近に悩んでいる人がいることを絶対に忘れないようにしたいです。

そして、そのような人に出会う機会があったら、今回のお話を思い出して接したいと思いました。

自分という個人を、みなさんとても大切にしているのだと感じました。

性別の違いというより、個人個人の個性の違いなのかなぁと思いました。

失礼かもしれませんが、今回の講演を聴いていて、同性愛をほんの少しだけですが、少し嫌っているというか、そんな感じがしました。
“性同一性障害”と”同性愛”を間違える人が多くてうんざり、という気持ちがあるとは思うのですが、若干少しショックでした。

自分は同性愛者なのですが、自分的な意見としては、同性愛と性同一性障害は真っ二つに出来るものではないと思うんです。

自分はずっと女の子と親しくしてきましたし(今も)、思想等も女性っぽいです。

けど、女性の体になりたいと切望したことはありません。服装も男性のままでいいです。

この状態だと、同性愛とGIDの間なのかな、と今日感じました。

だから、真っ二つには出来ないのかなぁと思ったのですが、、、。

友人へのカミングアウトの話、学校の先生、カウンセラーとの関わりの話を聞いて、

もし友人や生徒に性同一性障害の人がいたら、どんな対応をすればよいのかは、少し分かったような気がするが、
みなさんの親はどのような対応をしてくれたかが少し気になった。

将来もし、自分の子が性同一性障害だったら、どうしてあげればいいのか、気になります。

今日初めて、同性愛と性同一性障害の違いがはっきり分かりました。

他人とかかわりながら生活していく中で、自分らしく生きるというのは、

同性愛者や性同一性障害者でなくとも難しくて、大切なことだと思いました。

GIDだということをカミングアウトしたとき、理解してくれた人はいいけど、

他の人とかに伝わるうち、噂されたりして、嫌な思いをしたりとかしないのか。

性同一性障害についてはドラマを見て初めて知りましたが、実際自分の身近にいるとは思ったことがありませんでした。

なので、今回は本当に貴重な時間だったと思います。

当事者の方を見て、外見だけではまったく判断できないと改めて思いました。

自分が教師になって生徒に当事者がいたら、今回の講演を思い出して対応、サポートしたいと思いました。

「あなたらしく生きる」というアドバイスが当事者にとって大切な言葉がけだということは、本当にわかりました。

そのアドバイスを与える中で、GIDの方々が社会生活を送る中での困難なども話してあげる必要があると思います。(教師として知っておく必要ある)

今回初めて性同一性障害の方のお話を聞けて、本当に良かったです。

今まで本などからの知識しかなかったのですが、
実際に直接お話が聞けたことで、もっとGIDについて知っていきたいと思いました。

いつ頃、誰に、初めてカミングアウトしようと思ったのか、少し気になりました。

人前に出て自分のことを話すということ、とてもすばらしいことだと思います。

あと、話し方が上手だなぁと思いました。

今日の講演を聴くまで、正直私は性同一性障害を正しく理解していませんでした。

いや、今もまだ本当に正しく理解したのか、と言われると、そうではないのかもしれません。

しかし、少なくとも言えることは、性同一性障害について知ろう、知りたい、という意志・考えが生まれたということです。
自分は将来小学校の教員を目指しています。

そんな私に出来ることの1つとして、学校カウンセラーの方との横のつながりを大切に出来る教員になることがあると思います。

性同一性障害の人に出会ったとき、その人が私に会えてよかったと少しでも思えるような自分になりたいと思いました。

今日の講演は遅れてきて、半分くらいしか話を聞けていないのですが、皆さんのお話を聞けてよかった。

やはり同じGID当事者たちの存在を知り、交流する機会を持てることは、
お互いに悩みや相談が出来て、とても生きるうえで支えになると思いました。

私がきっと完全に理解するなんてことは出来ないと思うけれど、
当事者同士ならもっと何か踏み込んだところでお互いを励まし合えると思う。

同じ人間です!強く一緒に生きていきましょう。

今日は3人もの方から、それぞれの立場、生い立ちなどを聞くことができ、とても興味深いお話ばかりでした。

それぞれの話に共通していたのが、”自分は何なのだろう、生きていていいのだろうか”という想いだと思います。

私自身、人間関係や社会に出て行かなければならないと感じた時に、同じような問いにぶつかりました。

この時に、自分を受け入れてくれる、理解はしてくれなくてもいいから、自分を認めて欲しいと思い、
これをずっと抱え続けるのは酷だと思います。

せめて教師などには、”このような子もいる”という認識を持って欲しいと思います。

3人の話を聞いて、「学校の影響力」というものを改めて認識した。

性役割の問題は、差別や区別から来てしまうことが多い。

前者はともかくとして、配慮としての”区別”によって違和感や嫌悪感を持ってしまうというのは、とても難しい問題。

それを「当然」としてしまっているので、それに対しての反発というのは、生徒からも当然難しいのだろう。

私は今まで女性として生きてきて、性に悩んでいる人の立場には立ったことが無かったから、この講演はとても価値あるものになった。

「女性は女性」「男性は男性」という固定観念ではなく、「一人の人間」として相手を見ることが大事だと、再認識した。

自分が小さい頃に「男の子に生まれてきたかった」と思ったことはあったけれど、

大きくなってまで真剣に考えたことは無く、すごく辛い思いと共存してきたのだなぁと思った。

性同一性障害という言葉を初めて聞いたときは、「”身体障害者”でさえも障害者ではないと言い張るのに、なんで障害というんだろう」と思っていたけれど、
「障害と思うこと」で救われる人もいるというならば、もっと正しい知識を持って広めていく必要があると痛感した。

性同一性障害ということばは知っていたけれど、どんなものなのかよく分からなかったので、

今回の講演を聴いて勉強になったし、より深くGIDについて知りたいと思うようになりました。

今日、私は初めて性同一性障害の方と出会いました。

そして、こんなに身近であったことに正直驚いています。

聞いた話がほとんど今まで聞いたことの無いような話で、新鮮で、本当にこの講演を聴けてよかったと思いました。

他の人にも話してあげたいと思います。

初めて性同一性障害の方に直接お話を聞くことができ、今まで疑問に思っていたことや勘違いしていたことも分かりました。

こんなに近くに性同一性障害の人がいるとはビックリしました。

しかし皆さん、外見では逆の性別だとは思いませんでした。

服装だけでなく、声、体つきなど。初めて中間の遺伝子があると知りました。

当事者は本当にすごく悩んで、辛いと思うけれど、

周りにいる人間にとっては案外受け入れやすいことなんじゃないかな、と感じています。

今日、性同一性障害の当事者の方からお話が聞けるということで、ドキドキしながら学校に来ました。

TVドラマで名前は知っていましたが、身近なところで、埼玉大学の先輩で、性同一性障害の方がいることにはビックリしました。

その中で、様々なお話をサラサラと話してくださいましたが、きっとここまで来るのに様々な苦労や悩みがあったと思います。
今日はその一部を共感できた気がしました。

私は将来、教員になりたいと思っていますが、実際生徒にそういった障害のある子がいたらどうしようかと悩んでしまいます。

なので、自分から調べてみようと思いました。

「自分らしく生きる」という、みんなが当然のことだと思っていることが、こんなに大変なことだとは思っていなかった。

体と心がどんどん離れていくのにどうにも出来ない葛藤は、本当に言葉にならないほどのものだったろうと思います。

「自分らしく生きる」ということを考えてみたいです。

教師を目指す一人の人間として、すごく考えさせられました。

性同一性障害についての知識はありましたが、自分の身近な問題として考える良い機会になりました。

戸籍上の性別と心の性別の不一致という問題は、当事者の方が妥協というか、我慢していかなきゃいけないことに、すごくもどかしい気持ちになりました。

性同一性障害って実際どうなんだろう、どんな人たちなんだろう、と思っていましたので、今回いろいろな話が聴けてよかったです。

自分の体と心の差って言うのは、性に限ったことでなくてもあることだと思いますが、大事なのは自分らしくあること、
そんな自分を受け入れることかなぁって思います。

自分のことって嫌いになったりしますか?

無知なことは罪だと思います。

性の問題はとてもデリケートだし、自分をまず認めることから始めなければいけないことが、この問題の1つの難しさだと感じました。

性同一性障害については知っていたけれど、当事者のお話を聞く機会は中々なかったので、貴重な経験ありがとうございました。

今日はありがとうございました。

今回は1人の講演時間は数十分しかなかったのですが、その中で、自分のことをこんなにたくさんの人の前で話すことは、本当に勇気がいるのではないかと思います。

そんな中で、GIDについての理解を深めてもらいたいという強い思いを感じました。

私がGIDについて理解を深めることが、この講演の意義になるのだと思います。ありがとうございました。

講演者の西野さんのことは、以前から知っていたので、久しぶりにお会いして、その変容ぶりに驚いています。

性同一性障害だったんだ!という驚きではなく、前の内向的なイメージが一転して、イキイキと明るい表情に変わられていたので!!

すべての同じ悩みを抱える人々が、皆さんのようにイキイキと暮らせる社会になればいいなと、心から思います。

西野さんが最初におっしゃったとおり、私も性同一性障害は知っていて、確かに存在しているものだけれど、でもどこか遠いところにあるというか、身近ではないことだと思っていました。

今回この講義を聴いて、とても身近だし、自分の周りにももしかしたら、そのことを分かってもらえない・カミングアウトできない人がいるかもしれない、ということに気づきました。

みなさんがおっしゃっていましたが、一個人としてありのままのその人を、そのまま受け入れることが重要だし、心の救いにもなると分かりました。



2.友人、または家族に性同一性障害をカミングアウトされたら、どう感じますか?またどう対応すると思いますか?

まず、自分がこのみんなの答えを知りたいです!笑

自分はとくに、男性にカムアウトできません。

驚いてしまうと思います。

何かをしようとするのではなく、それまで通り自然に接するようにできたら、と思います。

私には息子が2人いますが、親として2人を「男性」として育てているためもしGIDをカミングアウトされたら、やはり大きな衝撃を受けると思います。

しかし、本日のお話を伺って、子どもの気持ちと苦しみを受け入れてあげることの大切さを忘れてはいけないとも感じています。

きちんと向き合って対応したいと思います。

正直言って何をどうすればいいのかとか分からず、何にもできないでいる可能性がある

その人のありのままを受け入れてあげたいと思った。

やっぱり正直なところ、驚きます。しかし、人間関係として何も変えることはないと思います。

今まで同じように接します。

あなたのような人に会ったことあるよ!

自分らしく生きていいんだよ

と、今日学んだ言葉が自然にかけられたらいいなぁと思います。

その相手と自分との関係によると思いますが、どんな関係でも驚くと思います。

この講議を聞いて、もしカミングアウトされたら、その人の話をよく聞いてその人が扱ってほしい様に対応したいと思います。

まず、その人が持つアイデンティティを理解して、受けとめたいと思います。

今日の話を聞かなければ、私はただただ動揺するだけだったと思う。

始めは驚きが大きいと思うが、その友人、家族の思う生き方を一緒にサポートしてあげたい。

特にそれまでと変化は無いのではないかと思う。

扱いが男性を扱う様か女性を扱う様かは変わるかも。

私の知らないところですごく悩んでいたのだなぁ、と思います。受けいれます。

対応は、自分から相手に対する接し方は変わらないと思いますが、

具体的な相談の力には、なりたくてもなれないだろうというのが正直なところです。

まだ知識がなさすぎます。

始めはびっくりすると思います。しかし、性同一性障害だろうが、XXYだろうが、

その人がその人であることには変わらないので、今まで通りの態度で接していくと思います。

友人、家族誰であっても、その人として受け入れたいです。

それまでの関係とかわらず、欲をいえばもっと深く、サポートできることがあるならば、友人、家族の1人として関わっていきたいです。

悲しくないと言ったら嘘になる。でも、全面的に受け容れたいと思う。

気づいていなかったのなら驚くと思うけど、話してくれた喜びのほうが大きいと思います。

逆にカミングアウトしてくれないほうが悲しい・・・。

男として、女としてと対応を大きく変えるのではなく、「その人個人」として接していければと思います。

驚くだろう事は否定できません。また、感覚を理解するのに時間がかかるようにも想像します。

が、わずかなりとも今日得た知識があるので、ありのままとして受けとめること、

どこまでいってもその人はその人だという気持ちで接することは出来ると思います。

というか、自分が当事者なので・・・・・・

驚くと思う。身近な存在だからこそGIDを受け入れるのが難しいと思うが、一緒にGIDを知っていけばいいと思う。

多分、驚くとは思います。でも、その人として認めたいと思います。

私はたぶん、びっくりするとは思うけれど、
「別に、これからその人の何かが変わるわけぢゃないしなぁ・・・。」と感じる気がするし今までと同じように接すると思います。

はじめは大きなショックを受け、慌ててしまうと思うが、友人や家族は自分にとってとても大切な人だから、

その人たちの生き方を尊重することができるような対応をしたい、と今日の話を聞いていて思った。

正直、びっくりして何も言えないかもしれないと思う。

でも今日のお話を聞いて、その人のありのままの存在を受け入れることが大切なんだとわかりました。

その人とは普通に接すると思うけど、他の人には絶対言えないと思う。

正直ショックを受けると思いますが、ちゃんと受け入れてそれまでと変わらない付き合いをしたいです。

家族と友人ではカミングアウトされた時の気持ちは違うと思います。

今の時点で、家族に対して「あなたらしく生きなさい」と言える自信はありません・・・

最初は少し驚いてしまうかもしれませんが、でもいつまでも大切な人にはかわりないです。

びっくりするけどたぶんあまり気にしないと思う。

まあその状況に出会ってみなきゃわからないのですが。

正直最初は驚いてしまうのだろうと思います。

そこで何も言えなくなってしまうのが今日までの自分、今日からの自分は「あなたのような人に会ったことあるよ。

あなたらしく生きていいんだよ。」と言えるようになりたいと思います。

自分が全くその事実に気付けていなかったのならば、やはりまずビックリすると思う。

でも、機会に恵まれて、当事者の話が聞けたりGIDについての知識を少しかじった身としては、

その本人がどうしたいか、どんなことに困っているか、まずきちんと向きあって話をききたい。

多分かなり驚くとは思うが、本人の話を聞くことに徹すると思う。

でも本人のことを受け入れることは(時間の差こそあれ)本人の偏見や先入観を乗り越えれば、誰しもができると思う。

というか、そう信じたい。

おどろくとは思いますが、話してくれたことをうれしく思います。

特にそれで、どうこう対応が変わることはありません。

その人自身には変わりないので。

今までだったら、やっぱり受け入れられなかったと思う。

それは、カミングアウトに到るまでの過程を考慮できないだろうから。

築いてきた互いの歴史が崩れるように感じていたと思う。

でも、今回の話を聞いてそれは変わった。

築いてきた互いの歴史の中に、相手の苦悩がある。

そして、関係を深めようとしているからこそ、カミングアウトしてくれる。

素直に認め、その性として対応できると思う。

最初はとても驚くと思う。しかし、その人が性について今まで苦しんできたということを理解してあげたい。

その人が性同一性障害を抱えているからと言って、その人に対して態度は変えたくはない。

実際仲の良かった友人が、カミングアウトをしてくれました。

別に驚かなかったし、仲間内では「やっぱりそうだったんだ」という感じで、

普通に受け入れられたし、その子はその子なので、対応も変わることはなかったです。

少し驚くと思いますが、その人はその人だし、その後も変わらずに付き合っていくと思います

はじめは驚くと思います。でも、そのままのその人を受け入れたいです。

始めはやっぱり衝撃を受けると思いますが、今までどおり普通に接していきたいと私は思います。

とりあえず驚くと思います。”えっ!”と。しかし、自分は受け入れられると思います。

でも、心のどこかでは意識をして、体つきとかじろじろ見てしまうと思います。

中学時代の友人に性同一性障害の子がいます。(FtM)

聞いた時はびっくりしたけど、自分に話してくれて嬉しかったので、特に気にしませんでした。

ただ、「~ちゃん」て名前で呼んでたので、「じゃあ何て呼んでほしい?」ていう話をしました。

ちょっと(いやだいぶ)とまどうと思いますが、とにかく悩んでいることや今までのことの話を聞きます。

その上でどうしたらよいか一緒に考えたいです。

正直どう反応してしまうかは全く想像ができないけど、
その人の中身はその人のままで、関係が変わるわけでもないから、純粋に受け入れたいと思う。

素直に、その人の感性を受け入れると思う。

人間関係は個と個のつきあいだと思います。

その人自体のことが好きなら、全く問題なく受け入れることができると思います。

友人だったら、関係性にもよりますが、そうなんだって受け入れられると思います。

家族だったら、受け入れるのはすごく難しいことだと思います。信じられないと思います。

驚くとは思いますが、何かが変わるわけではないと思います。

関係が変わることはないと思います。

薄々感じていた人からは「あぁ、そうなんだ。」と納得すると思うし、そうしてほしいように扱うと思います。

でも、全くそう感じていなかった人は驚くだろうし、どう対応するかわからないです

知ることから始めたいと思います。

性同一性障害自体は、テレビ番組や他の講演会等を通じてなじみのあるものになりつつあるので受け入れやすいと思います。

私は性同一性障害者は自分とは遠いことだと心のどこかでは思っていましたが、

それを知人や家族にカミングアウトされたからと言って、驚いたとしても受け入れないということはけっしてないと思います。

その人は今までもこれからも私にとってはその人であるし、
形式上の問題はあるかもしれないけどそれは根本的な問題だとは考えません。



3.生徒に性同一性障害をカミングアウトされたら、どう感じますか?またどう対応しますか?

とまどったり、狼狽したりしない、とは言いきれない。

けど、「あなたらしく」ということを伝えていきたい。

悩みの解決を押しつけるのではなく、自身で考えさせてみることが大切だということを今回知り、考えさせられた。

たくさん話し、一緒に考えていきたいと思います。

まずは、真の信頼関係を築きたいと思います。

2と同じように、その生徒のこれまでの苦しみを受容してあげたいと思います。

子どもの気持ちに寄り沿ったサポートを、特に今後どう生きていけばいいか(困難なことも踏まえて)一緒に考えてあげたいと思います。

カミングアウトするってことは相当悩んでいて、自分を頼りにしてくれているはずなので、慎重に行動する

性同一性障害について知ることができたので、いくぶん驚かずに対応できるかなと思った。

今日いろいろなお話を聞けたし、あまり動ようすることはないと思われます。

生徒の意見を尊重しつつ、生徒が自分で考え問題を解決するための手助けがしたいです。

“悪いことではないし、無理して自分の気持ちを押さえこむことでもない”と言いたい。

感じていること、思っていることをじっくりと聞き、理解を深めたい。

生徒がどうしたいか

上記と同じです。

時間をかけて、話しをしていきたいと思うし、具体的に何をするというよりは生徒の心が休まるところでありたいと思います。

西野さんがおっしゃっていたように、本人の意見を尊重したいと思います。

そのためにはその子とよく話し合うべきだと思います。

本人の意志を第一に、できるかぎりのサポートをしたいです。

望めば環境を変えていくことも可能だと思います。

周囲に受け入れ体勢が整っていない状況なら、率先してサポート活動をしたいです。

何をしてやれるかを考えるが、わからないのが実際だと思う。

もっともっと多くの当事者から話を聞かなくてはいけないと思う。

上に同じ。

ただ学校では男女の区別をされることが多いので大変だと思います。

子どもの希望をきくことや保護者との話し合い、他の子どもへの対応などするべきことは多いなと思います。

二ノ宮さんが話して下さったように、本人の気持ちを確かめた上で、

広い視野を持った今後のあり方を話し合うのがベストだと思いました。

これを可能にするためにも、GIDについて知る必要を感じました。

とりあえずよく話を聞いて、本人がどうしたいのかを把握する。

カミングアウトの範囲等も考えないとならないでしょう。

場合によってはこちら(教員サイド)から”ちょっと待て”という事もありでは。

カミングアウトをしてくれたことに嬉しく思います。

自分がその子の悩みの全てを理解することはできないけど、一緒に考えて、悩みを共有したいと思います。

感じる事は、友人にカミングアウトされた時と同じだとは思いますが、

対応は教師としてほっておくわけにはいかないと思う。

けれど、今は知識がなさすぎてどうすれば良いのか分かりません。

友人や家族と同様、生徒はとても大切な存在で未来のある存在であるから、

その生徒のために自分ができることを精一杯したいと思う。

その生徒の周囲の生徒やクラスの生徒にも、性同一性障害を知ってほしいと思う。

その生徒を理解したり、自分個人で支えることはできると思うけど、先生としてどうしたらいいかはわからない。

その生徒の意思を尊重して、周りの先生や生徒にも理解してもらう努力をしたいです

正直言って驚くと思います。

上にも書いたように、GIDとして生活していく大変さも話してあげられたらよいと思います。

一緒に少しずつ考えていきたいと思います。

その子がどうしたら”自分らしく”生きていけるか、考えていきたいです。

とりあえず「君は君だよ」と言いたいと思う。

そして自分のできる限りのサポートをしてやりたいと思う。

上記同様、正直最初はびっくりして、場合によってはうろたえてしまうかもしれません。

しかし、生徒の一生を左右する瞬間だと思うので、自分にできる精一杯で、一緒に考えてゆっくりサポートしていけたらと思います。

本人の話をよくきく。

必要なら、生徒、先生、保護者も協力してもらう。

私自身、教師や学校内などのカウンセラーになる予定はないが、2で答えたのと同様なことになると思う。

私は生徒に関わる仕事は就かないので、何とも言えませんがその子のその場の状況を聞き、対応したいです。

少なくとも、「一定の信頼があればこそだ」と感じる。嫌いな先生には、カミングアウトしないだろう。

その上で、「なぜそう感じるのか(性同一性障害だと思うのか)」という事を、
期間をかけてもいいから聞かせてもらい、認めるようにする。

“異質ではない”ということを強調して、「今後どうしたいのか」「そのためには、互いにどうすればいいか」を話しあっていきたい。

今まで性同一性障害を隠し、苦しんできたその子の気持ちを理解しようと努力はしたい。

しかし、実際自分がその子の立場に立ったわけではないから100%理解はできない自分が情けない。

「2」で答えたように、その生徒に対しての態度は変えたくない。

その子自身を認め、サポートしていけるようにしたい。

サポートの仕方ももっともっと今よりも考えていかなければいけないと思います。

その生徒の友達関係について心配になると思います。

でも本人に話を聞いて、本人のやりたいようにできるようにサポートしたいです。

できることがあればしてあげたいし、支えになってあげたいです。

カミングアウトされたあとでもそれまでと同じように接したい。

とまどうこともあると思いますが、今回のお話でもあったように、

一人の生徒として接してあげたいと思うし、その子の意見もできるだけ尊重してあげたいなと思います。

生徒のために何かしてあげたいと思いますが、どうすればいいかわからないです。

一緒に生きる環境をつくれるように、本人はもちろん、その家族ともコミュニケーションが取りつづけられる様に努力したいです。

周りの生徒のこともあると思うので、うまくバランスをとって心のケアにも注意して話を聞きたいです。

まず、その生徒の話をありのままに聞いて、お互いの考えも含めてじっくり理解しあいたい。

正直まだ心が整理できていないので、これから考えていきたい。

その子が楽しく生きていくにはどうすればいいのか?というポジティブな視点で考えるということをおっしゃっていて、すごく納得しました。
その子とたくさん話をして、受け入れる形で分かってあげることが大切だと思いました。

一生に関わることなので、慎重になる必要があると思います。

その子の心に少しでもよりそえるような関係を目指したいです。

その人が自分らしく生きるため、その援助を求められれば努力したい。

上と同じように、知識を身につけなければいけないと感じます。

まずは話を聞いてあげたい。話しにくかったら時間もかけたいです。

その子をそのまま受け入れ、その子が自分でどうにか出口を見つけることができるように、サポートしていきたいです。